魔法の三手法と最小術式
この世界の魔法は「何に手を入れるか」ではなく、「どうやるか(手法)」で3つに整理します。分類は手順の整理のためで、必然的なトレードオフを意味しません。
3手法それぞれに、最小の術式(手順)が書けます。
ここでは「術を設計するときのチェックリスト」になる形で、入力→式→判定→実行手順を示します。
三手法(手順の分類)
| 手法 | やること | 主な式 | 主な制約 |
|---|---|---|---|
| 選別(確率魔法) | 結果を選び、分布を偏らせる | (12)(13) | 反作用 C [RU] と反作用率 \(\dot C\) [RU/s] |
| 層同期(層時間魔法) | 端末の層位相を合わせ、同時性を成立させる | (7)(10)(11) | 許容ずれ δ [rad] と同期コスト |
| 流路操作(流路魔法) | 外部供給の通り道を作り、配分する | (1)(2)(4) | 供給上限 P [W] と積算エネルギー E [J] |
三手法の関係:術式は分業できる
三手法は排他的ではなく、実際の術式は「結果の選別」「同時性の確保」「供給の配分」を組み合わせて作られます。
一つの術で全部をやろうとせず、工程ごとに担当手法を分けると設計が安定します。
結果の偏り
同時性
供給の配分
- 選別は「結果の確率」、層同期は「タイミング」、流路操作は「燃料」を担当する。
- どれか1つが詰まると全体が止まる。設計では一番弱い上限を先に探す。
- 同じ効果でも「選別で押す」か「流路で物理を押す」かでコストが変わる。
最小術式 1:選別(確率魔法)
狙った結果を引き当てる確率を上げる術式です。本質は「確率を直接書き換える」ではなく、選び続けて分布を歪めることです。
術式(手順)
- 事象Eを定義する(例:弾が命中する)。
- 基準確率 p [-] と、目標確率 p' [-] を決める。
- 式(12)(13)で必要反作用 C [RU] を見積もる。
- 式(3)(4)で、反作用率上限 \(\dot C_{\max}\) [RU/s] と実行時間 Δt [s] を満たすか判定する。
- 成立するなら、実行中は \(\dot C\le \dot C_{\max}\) を守り続ける(守れないなら不成立)。
p=10-6、p'=10-3、\(\mu=5{,}000\,\mathrm{RU/nat}\) なら、必要反作用はおよそ 30 RU。
\(\dot C_{\max}=2\,\mathrm{RU/s}\) なら、反作用だけ見ても 15 s 以上の実行が必要になります(式(4))。
運用メモ:選別の癖
- 狙いを大きくするほど C は急増する。p を上げる準備が最も効く。
- 連発は線形に高く付く。短時間でまとめてやると \(\dot C_{\max}\) に当たりやすい。
- 選別は「棄却」を伴うため、観測ログや検証手順が術式の一部になる。
- 反作用の戻り方(局所損耗・遅延回収など)を決めておくと描写が安定する。
最小術式 2:層同期(層時間魔法)
遠隔の端末どうしに「同じ今」を成立させる術式です。層はローカルなので、恒星系内の同期を基本にし、星間はアンカー網で繋ぎます。
術式(手順)
- 同期したい端末の集合(n個)と、基準アンカー A を決める。
- 監査(式(11))で同期品質 V [-] を測る。許容下限 Vmin を決める。
- 現在のずれ δ [rad] を推定し、目標 δtarget [rad] を決める。
- 式(7)で必要同期反作用率 \(\dot C_{\mathrm{sync}}\) [RU/s] を見積もり、\(\dot C_{\mathrm{sync}}\le \dot C_{\max}\) を満たす範囲で同期操作をかける。
- δ が許容内に入ったら、同期が必要な手続き(同時開扉など)を実行する。
同時に開くための許容ずれを \(\delta_{\max}=0.20\,\mathrm{rad}\) と置く。
距離 d=0.1 ly、放置時間 Δt=1 day、\(\sigma_0=0.08\,\mathrm{rad}\)、\(\alpha=0.12\,\mathrm{rad^2/ly}\)、\(\beta=0.02\,\mathrm{rad^2/day}\) なら、
式(10)から \(\delta_{\mathrm{RMS}}\approx 0.20\,\mathrm{rad}\) と見積もれる。ぎりぎりなので、開扉の直前に短い再同期を入れる、という運用になる。
運用メモ:層同期の癖
- 同期は維持費が掛かる。同期窓を短く切るほど安い。
- アンカー品質が低いと全体が崩れる。星間ではアンカー網の健全性が最大のボトルネック。
- 端末数 n が増えるほど同期コストが増え、精度要求が上がるほど急に重い。
- 長期運用は漂いを前提にし、重要操作の直前に再同期するのが標準手順。
最小術式 3:流路操作(流路魔法)
外部供給を「通す」「集める」「分ける」術式です。やっていることは配管工事に近く、成立判定は供給側の式でできます。
術式(手順)
- 欲しい効果をエネルギー E [J] として定義する(例:対象を1 MJ加熱する)。
- 外部供給 Pext [W] と、端末の受け口(式(2))から、供給上限 Pmax [W] を見積もる。
- 式(4)で最短時間 Δt [s] を見積もる(反作用側も同様にチェック)。
- 流路 g(x) [-] を調整し、供給を目的の端末へ配分する。
必要エネルギー E=1.0 MJ、供給上限 Pmax=30 MW なら、供給だけ見た最短時間は \(E/P_{\max}=0.033\,\mathrm{s}\)。
実際は反作用側(式(3)(4))が詰まることが多いので、短時間の強い流路操作ほど上位者向きになります。
運用メモ:流路操作の癖
- 流路は「供給の配分」。効果そのものは通常物理に従う。
- g(x) は地形や設備で変わる。拠点化はそのまま流路強化になる。
- 強い瞬間出力ほど反作用側で詰まりやすい。持続運用へ分割すると成立しやすい。
- 複数端末の合流は同期コストと引き換え。長期運用の方が向く。
成立判定の最小式
三手法は「必要量が上限に収まるか」を見れば成立判定できます。実務では次の3本だけ押さえれば十分です。
式(12)(13)や式(10)を、運用で使いやすい形にまとめ直したものです。
選別は歪み(情報量)の下限で反作用を見積もります。
\[ \delta_{\mathrm{RMS}}(d,\Delta t)\le \delta_{\max}. \tag{21} \]層同期は距離と放置時間からずれを見積もり、許容内かを判定します。
\[ E \le P_{\max}\,\Delta t. \tag{22} \]流路操作は供給上限と実行時間で、必要エネルギーが入るかを見るだけです。
どれか1つでも不成立なら、術式全体は不成立。すべて成立しているなら、最後に式(4)で最短時間を置けば運用が決まります。
術式カード(設計テンプレ)
術式を文章で設計するときは、最小限の項目を固定しておくとブレません。
以下の「カード」を埋めるだけで、必要な上限が見えてきます。
name:
method: selection / sync / flow / mixed
target:
effect: (E, p', delta_max)
limits: (P_max, dotC_max, V_min, anchor A)
window: (t0, dt)
risk:
cleanup:
- 基準確率 p の置き方(準備で上げられるか)。
- 同期窓の長さと、再同期のタイミング。
- 反作用の回収が「いつ」「どこ」に出るか。
術式の運用フェーズ
術式は「準備」「同期・選別」「実行」「清算」に分けると運用が安定します。
フェーズを分けると、失敗の理由がどこにあるかを説明しやすくなります。
| フェーズ | 主な操作 | 失敗しやすい点 |
|---|---|---|
| 準備 | 基準確率 p の引き上げ、アンカー確認、端末配置 | 供給不足、アンカー不一致 |
| 同期・選別 | 層ずれの補正、選別の開始 | δ の漂い、\(\dot C_{\max}\) 超過 |
| 実行 | 流路配分、効果の発生 | 流路飽和、出力の片寄り |
| 清算 | 反作用回収、ログ記録、端末冷却 | 遅延反作用、再使用不能 |
複合術式の例
- 流路操作で弾道周辺に供給を集中させ、外乱を打ち消す。
- 選別で「命中する枝」を薄く押す(小さく使う)。
- 同期は射撃と観測のタイミング合わせに最小限だけ使う。
物理で当たりやすくした上で、選別を少しだけ足すと C を抑えられる。
- 層同期で各扉の δ を揃え、同期窓を短く切る。
- 流路操作で短時間だけ開扉に必要なエネルギーを供給する。
- 選別は「同時に開いた」という結果の偏りに最小限だけ使う。
同期が重いほど「窓の短さ」が必要になり、準備と再同期が増える。
- 流路操作で拠点周辺の g(x) を整え、供給を常時循環させる。
- 層同期で端末群を同一の位相で管理し、攻撃時だけ同期窓を狭める。
- 選別は「外れる」「逸れる」程度の小偏向に留める。
維持費は高いが、準備済みの流路と端末数で差が出る。
よくある失敗パターン
- 反作用の過密:\(\dot C_{\max}\) を超えて術が立ち上がらない。
- 同期窓の取り忘れ:片側だけ起動し、責任ログが分岐する。
- 流路の飽和:供給が局所に偏り、目的以外の場所が損耗する。
- 選別の過剰:成功はするが、遅延回収で別の場所に損失が出る。
描写の使い分け
- 選別は「偶然の連続」に見える。成功の裏で反作用が溜まる描写が効く。
- 層同期は「時計合わせ」「合図」「タイミング」の描写に落ちる。
- 流路操作は「拠点」「設備」「地形」を強さに変える。
- 三手法の混成は、弱点(準備、時間、設備)を明確にする。
術式を「手順+判定式+数値例」に落とすと、作者側もキャラクター側も判断が速くなります。
さらに「混成の分業」「運用フェーズ」「失敗の形」を決めておくと、場面ごとの緊張が作りやすい。
強さの表現は「何でもできる」ではなく、「どの上限をどこまで引き上げたか」で描けます。